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執筆者の写真HIKO HYAKUSOKU

北岡冬木:第五詩集 懸垂する魚群

北岡冬木:第五詩集 懸垂する魚群

(1995—2003、挿し込み歌はフィードバックした20代の作)




半世紀の紙屑桜

 

紙屑桜は半世紀を超え

琥珀の空洞を滅滅と記憶喪失したか

紙屑吹雪き底なし碧空への乱舞

春も踊りも陶酔も出立も昨日の錯覚だった

何もないのに希望という作為

生と云う名の魚群のホロスコープ

いくら差し伸べても掴まらない質量

すべからく生まれて死ぬだけ

死んでも永遠に魚群の投影

跳ねても結局ただの光子(こうし)

ブラックホールに吸い込まれ舞い散る舞い消える

魚たちのめでたい半世紀記念の花見一瞬

 



逆巻く逢瀬

 

さらに半世紀の諧謔逢う訣かれるの血判

逆剥ける寂寥真空の冷凍庫に睡る

時の刻みは逆巻く逢瀬

可成り昔の甘美の余韻

馥郁の庭園を記憶に移送せよ

黒揚羽の水場を薔薇で占拠せよ

これ以上の歓待はない

死までの痛みを麻薬しよう

 



懸垂する魚群

 

来ない春を訃げて四月の雨は降る

夢の髣髴を濡らして雨は降る

桜の花がいつ咲いて

いつ散ってしまったのかも報せずに

花吹雪に永訣は突撃して窒息した

あの春契った未来の再会果たせず

ずっと逢いたいずっと一緒ずっと

幾度桜の季順を巡っても逢いたい

来ない春は過ぎた青春の振り返り

雨に佇む公園の静止した日時計

過ぎる振り返る過ぎる振り返る

時の静止とともに凍てついた噴水

垂れ下がる魚群の辛酸の

瀝る懸垂そのままに

透明な四月の時間そして驟雨

生も死も恋も失意も何も

すべて四月の透明な記憶に流れ去り

都市の迷妄の下水道を巡り

海に消えていったという

二度と来ない春とともに

 


 

地球の超期記憶

 

すっかり忘れてしまっていた。

あの光る水平線が意識に侵入する。

北欧の碧い瞳の少女の微笑が招く。

埋葬された「神之池」の地下宮殿に映る幻影。

白砂は舞い上がり、怒濤は雷鳴する。

どこまで行けども砂丘は砂丘でしかない。

失われた水海は蜃気楼の琥珀ホログラムとなり。

地球の超期記憶として保存される。

残酷な午后の睡蓮。

逆さ観音の溺死体が流れ着く。

 

   注:神之池;鹿島灘神栖地区に以前存在した砂丘のなかのエメラルド色の池。水郷国定公園に指定されていたが愚かな工業地帯の開発で縮小されたコンクリートで囲まれた。その神秘的な光景を筆者はただ一度目撃記憶した。それはイスタンブールの地下宮殿の蜃気楼のように残映となる。

 



海から

 

その眸はその日を見ていた

海からアレが上がるのを

いのちの意識や魂や

多くの蟲やら魚やら

足の生えたぬめぬめしたあいつら

胎盤をぶら下げて這いずり回るやつとか

もしかしたら母だのたとえば鯨だの

実体や幽体や意識やらもまぎれて

ぞろぞろぞろぞろ上がってきた

その日が絶対地球の記念日だよ

海の惑星に陸が認識された日

すべては海から

そう海から

海という生命体が子孫を陸に吐き出した

そして惑星は生命で満杯になるまで

そんなにはかからなかった

次に地球はわれわれをどこへ吐き出すのだろう

 



海の時間

 

詩的相対性の理論では

海の時計は陸より遅い

陸に生物が上がるまで

いったいどれぐらいの

想像できないくらいの

永い時間があったのか

地球の時間を一として

宇宙の果てまでの光年

それ位の時のちがいで

海の時代があったのだ

だから人の一生なんて

遺伝子の分子のサイズ

それが宇宙の時空間を

創造できるなんて全く

なんて凄いことだろう

波の還しにさらわれる

砂の一粒より小さい私

探して欲しいと光出す

本の一寸で消えるけど

 



難破船の還る日

 

いつ喪くしたのかも忘れてしまった追憶公園の

プラタナスが噪ぐ究極の秋空の碧い眼底から

もうすっかり忘却していた難破船が

じつは予定通りに還ってくる日が遂に

やってくるのだもうじき

あの遊び疲れた公園の友達と

夕食を告げにくる妹たちの

家で待つ祖母や父母

みんなが連れて行かれたあの日

一人佇んで呆然といつまでも待ち続けた長い夜

あれから太陽はどれくらい廻ったのだろうか

すべては夢だった途方もなく長い旅をした

ブランコは囁く

漕いでも漕いでも届かない夢を

滑り台は呟く

降りても降りてもまた昇れと

砂場は嘯(うそぶ)く

掘っても掘っても未来は見えないよと

それでも友達より多く遊ばなくては大人になれない

どうしてそんなに大人にならなくてはいけないのだ

子供のまんまで逝った「新聞少年」は

回旋塔にぶら下がったまんま寂しく問いかけ消えた

そうすべては難破船の還る日のために

誰もがこうやって辛い旅をしなくてはならないのだ

積み忘れたおまえを屹度迎えにくるから

あの胎内で耳にした麻断の音階とともに

ああ陶酔の馥郁たる腐臭を漂わせ

ほら乳色の蜃気楼の彼方から

もうじき難破船が還るよ

 

 注:中二の冬新聞配達中に

交通事故で夭折した級友高橋邦夫君の魂に捧ぐ。

 



海と少女(挿し込み歌・曲あり)

 

海を見つめていたのよ

ただそれだけのことだけど

潮風優しく私の目を濡らしたの

帰らない誰かが

帰らない何かが

いつか帰ってくる

そんな気がするの

海を見てると

 

海よあなたはどうして

変わることなくいつの日も

そんなに優しい歌が歌えるの

思い出せないけれど

あの日も聴いていたの

夢を辿ってゆくと

思い出せそうな

そんな昔に

 

海と歌っていたのよ

ただそれだけのことだから

誰にも声など

かけて欲しくなかったの

帰らない誰かが

帰らない何かが

いまに帰ってくる

ような気がするの

海と歌うと


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