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  • 執筆者の写真HIKO HYAKUSOKU

嘗て文芸評論家の寒河江光氏が、詩人「北岡冬木」について、評論してくれたので、ここに紹介する。

北岡冬木論 寒河江光

 

家常茶飯神話詩

 

 詩人の誕生は宿命に負う他は無い。 

 かといってそれは亦少しも特別の事態ではない。

 私達の一挙手一投足とは全て私達の宿命の分岐であるのだから。

 どちらに転んでも差し当たって違いは無いように見える一挙手も在れば、生死の境を分きかねない一投足も在る。

どんなに然りげ無い一挙手も殆ど投げやりの一投足も一回きりで絶対的な宿命の分岐なのだ。

 生物は無数のポテンシャルを持って生きてはいるが、その発現は唯一つのトポスとテンポスの組み合わせによる絶対的な一回性に支配されている。

 

 STAPで夢の若返りが可能です

 ああなんてゆるキャラなO  B

 百束先生に顔替えてもらって

 どっかで御払いしてもらって

 どうぞ出直しなすって下さい

 

 運命に否も応も無いないじゃないか。

 

 どんな人間でも運命の取り返しのつかなさを前にしては嘆声を上げてそれに標するしか無いのだが、其の一々の曲がり角に、嘆声どころでは無い、かなり手の込んだ言葉の道標を当たり前のように立てる事に就いて、日本人ほどまめな人種は無いようだ。 

 全ての新聞に短歌や俳句の些か過大な投稿欄があり、夫々の結社に集う人を含めて、総人口の何分の一かにのぼる日本人が詩的言語を日常茶飯のものとして繰っている、などという事を聞いて頭の混乱しない欧米の「文化人」はいない。国民というものに関する彼等の前提に狂いが生ずるか、詩の言葉と日常の言葉との間の彼等の自明な境界にひびが入ってしまうのである。

 支那人や朝鮮人が欧米でするプロパガンダを日本人は毫も恐れる必要は無い。そういうレトリックをどう理解したら良いか欧米人は寧ろよく鍛えられているからだ。しかし、うっかりすると自国の総人口より遥かに多い日本人が神話を語る日常を生きているのかも知れないなどという事態は遥に彼等の文明理解を超える。どちらが遂に眞の畏敬の対象となるか、語る迄もあるまい。歴史のガラパゴスは慈しむべきかな、である。

 にもかかわらず、日本もプロパガンダ戦に加わるべし、などという官僚や政治家のゆるキャラも後を絶たない。油断は出来ない。

 津波の後の松島を訪れて舟で遊覧してみると、どんな瑣細な岩一つにも名前があり、来歴があって句の一句、歌の一首、果ては戯曲一篇にも及ぶ物語が随き従い遊弋しているのが解って慄然とする。ガラパゴスの威力、八百万の神力である。ワーとかキャーとかしか云わない退化のゆるキャラには、語り継がれ、歌い継がれるべき神域を軽々に譲ってはなるまい。

 

 40年以上も前、♯百束比古という純正の神の名を持つ人間に初めて出会った頃は、私もこんな風に考えていなかった。

 五、七、五を拭っても拭っても落ちない昨日の垢のように思っていた。現代の詩は当然新しいリズムや形式を持たねばならないという強迫観念に囚われていた。

 俗人が紙の上で鉛筆を転がしても岩戸は開かなかったが、神が俗塵の上に電子楽器を響かせると光明が差した。

 私達が創設した『海』という劇団は極めてユニークで活発なレパトワの航跡を10年以上に渉って残した。

 百束比古がステージに立つことは多くはなかったが、少ないその歌いの現場は正に光臨の場であって、そこに居合わせることが出来たことは我が青春の至福であったと言っていい。あれは神が自ら禁制を破って自らに捧げた吉言に違いなく、今でも時に私の胸底に響いて祝いと励ましを与えてくれているように思う。

 

 多年の空白を経て、「北岡冬木」なる詩人の全詩集草稿を送られ、贅言を求められた時、私はやや不安を覚えていた。

 この数年来、私は鷗外森林太郎という医にして詩の巨像との格闘を余儀なくされて来た為に、遂に近代日本の科学史と詩歌史の從來像を見直さずには居られなくなっているからである。詩は神話と叙事詩がその究極であって、詩人はそこを目指すか否かでその命数を異にする。

 今北岡の詩を改めて読み返してみると、驚く程それが神話的であったことに気付く。北岡が家常の日本語で書く詩人であるにも関わらず、神の際限なき欲望に従うかのように、世界神、更に宇宙神にも呼びかけているようだ。

 これは60歳の還暦を経て生まれ変わった詩人の今後を占う上での吉兆である。

 北岡冬木よ、是非壮大な叙事詩、戯曲詩に、唯当たり前のように挑んでもらいたい。#百束比古の仕事が、世界に日本の国力を知らしめて来たことに、それは必ず匹敵する。家常茶飯の神話詩、改めて期待している。

 

  平成二十六年六月七日   寒河江光(故人)



#寒河江光 #北岡冬木


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北岡冬木全詩集



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